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いきいき第6回テーマ
「“うそも方便”に賛成? 反対?」

小論文第6回の大賞作品 優秀賞作品発表!

大賞 :いきいきポイント3000ポイントを進呈。
向井昭子さん(鹿児島県・65歳) 賛成 ○
 
 「うそも方便」賛成です。必要です。人間関係の潤滑油です。但し、その遣い方には問題があります。
 私には胸に刻んだ大切な一言があります。母に教えられた「あなた好きよ」です。「昔取った何とやらで……」子育てに少し目処が付いて看護婦業に復帰しました。主人の職業柄、転勤が多く、その時々の土地柄、人柄に馴染む努力は、世間に疎(うと)くなり始めていた心身に有難い刺激でした。しかし事務職のリーダーとどうしても馬が合わないところがありました。出勤するのも苦痛になっていたある日、私の愚痴に母が事も無げにいいました。「明日から彼女に会ったら声に出さなくていいから『あなた好きよ』と心に思いなさい」と云うのです。返した私の一言「とんでもない」。でも翌日から彼女に会うとその一言が胸に浮かぶのです、「あなた好きよ」と勝手に。そしてそれからどれ程の日数を経たのでしょう。自然に応対し合う二人がいました。それを感じた時には信じられませんでした。それを聞いて母は笑うだけ。「魔法の方便」ですよね。自分の内の嘘で解決しているのです。相手を貶(おとし)めたり自分を庇(かば)い誤魔化すだけの嘘はやめましょう。今自信をなくして心細い人、生きる道筋が見えなくなった人、そんな人が悲鳴の中に引き起こす悲惨な事件が多過ぎます。愛と希望の祈りを籠めた上手な嘘で小さな問題は解決しますよ、きっと。
「方便」は仏教語で衆生(しゅじょう)を導く手段。「嘘も方便」大いに活用しましょう。
樋口裕一さんから 総評
全体的にレベルの高い作品が多く、うそという身近なテーマについて、しっかりと考え、自分の立場と反対の立場の意見をふまえたうえで書かれていました。大賞作品は、人とちがうこと≠ナ読み手をちょっと関心させるものになっていました。ぜひ参考にしてください。
大賞作品について
人生経験の重みを全体的に感じさせられる作品に仕上がっています。自分に対してのうそ≠ニいう独自の視点がとても鋭いですね。また、言葉が現実をつくるということをよく示せており、説得力があります。ただ、「たしかに〜、しかし〜」を使って、反対の立場の意見をふまえられるとさらによかったですね。
向井さんから
一般的な定義から、少し目線がずれているのではと感じつつ、閃(ひらめ)いた思いを一気に書きました。起承転結をふまえるために強い思い入れをどうにか制御したつもりです。
優秀賞 :いきいきポイント1000ポイントを進呈。
栗田陽子さん(愛媛県・67歳) 反対 ×
 
 うそも方便≠ニはうその効用=Bふるさとではうそ放(こ)く≠ニいうくらい、嘘にはあまりいいイメージがない。その嘘も使い方によっては善い事に使えるという意味。両刃(もろは)の剣≠フ薬とはちょっとニュアンスが違うが境界線があいまいなのは同じ。善い事に使うには「判断力」が必要で反対。例えば入院しようとしている私が旅行に行く知人に会ったとする。私は知人にうそをつかれたくない。それによって私は妬みも落ち込みもしないだろう。例えば、だからといって受験中、あせっている私にうそでも友人から「難しいね」と気を使ってもらいたい。
 所詮うそをつく側がつかれる側より優位にある。つく側は主観と偏見によって相手の心をコントロール出来ると思っている。つまり、その対極には精神的未熟者がいる。自分で乗り越えられない愚か者がいる。うそも方便≠ヘつく側の愛情ぬきでは本当の意味で成り立たない。人はとても言葉に影響されるが、それでも私は他人に愛を持ってうそがつけるかは自信がない。
 世の中がギクシャクしている。忙しくてその場限りの愛抜きのうそも方便≠烽ヌきが横行しているのではないか。
 先週、兄弟姉妹が集まった。互いに相手の人格を尊重して言葉を尽くして理解を求め、ディベートしたかった私がいる。話べただからか誠実な会話を誰よりも熱望している。
樋口さんから
うそをつく人に傲慢(ごうまん)な面があるということや本当のことを言うべきという本質をつく指摘が鋭いですね。ただ、主張に心のゆれが感じられ、説得力が弱くなってしまっています。一度立場を決めたら、その主張をつらぬくことが肝心です。
栗田さんから
うそを定義することが難しく、本来嘘は自分を守るか他人を攻撃するためにつくわけですから、今回は他人のためのうそ≠ニ定義しました。一度書いた文章を削っていくとより主張が明快になるので驚いています。小論文は物事を深く考えるきっかけにもなり、ディベートを意識して楽しんでいます。
優秀賞 :いきいきポイント1000ポイントを進呈。
菊池厚三さん(神奈川県・73歳) 賛成 ○
 
 「これは方便なのだ!」としっかり自分に言い聞かせるような場面はそうあるものではない。またそういう人物のうそなら本物の方便であるに違いないが、正しい目的のための手段を謂う方便本来の意味が曲げられた「うそも方便」は、以来、世間に極めて都合よく自分流に使われていることは否めない。
 しかしこの寸言が、うそを巧みに使う譬話(たとえばなし)が多い釈迦の説法に由来した事実は、蓋(けだ)し、人間社会のうその本質また特性を示唆していると私は思う。うそは自分のため(利己)だけではなく、相手を思う(利他)自己犠牲的な行為にも使う。昨今、利己的「嘘も方便」が世間に晒(さら)される事例は、さまざまな執着が根本原因であることを改めて教えてくれる。
 そして深刻なのは、その傾向が益々顕著な現代の世相である。良識と信念に基づくうそでなければ、所詮大いなる方便に昇華させることはできないのだ。
 さてここで視点を転じよう。人間社会から嘘がなくなることなどありえないからこそ、私はむしろ、すべてのうそ、善意の「分別のうそ」も一切消えてしまった社会を仮想してみる。万事露骨で身も蓋もなく、潤いのない、なんと寒々とした世の中であろうか。忽(たちま)ち、人間社会が成り立たなくなるかも知れない。
 そのとき人は、隠れた多くの「思いやりや真心のうそ」が人間関係や社会の秩序調和を保っていたことを知るだろう。
 故に私は、絶妙な反則「賢いうそ」に感謝して、「うそも方便」をひと括りで支持するものである。
樋口さんから
もし世の中からうそがなくなったらという視点がユニークですね。こういう仮定に論理的に考えることが重要です。後半にもっと具体的な体験談をもり込むことができれば、よりリアリティーが出て、さらによかったですね。
菊池さんから
これまでの課題において、たとえば「人を見た目で判断する」のように、ふだんは何でもない言葉や慣用句がテーマになると、意外に定義を明快に捉えていないことに気づきます。こういう時は辞書も物足らず役に立ちません。要は自分の理解による視点や論拠でのべればよいのでしょうが、大変勉強になります。
優秀賞 :いきいきポイント1000ポイントを進呈。
中井博子さん(富山県・71歳) 賛成 ○
 
 「うそも方便」は昔から使われた言葉ですが、時にはうそをついても良いというのが、問題です。うそはついてはいけないものなのですから。
 うそをつくことは良くないことです。しかし、時と場合によっては、うそをつくことが必ずしも悪いとは言えません。
 私は「うそも方便」に賛成です。なぜなら真実を述べることによって自分を窮地に陥れたり、周囲の人々に不快な思いをいだかせたりするよりも「うそは方便」と割り切ってプラスになることがあるなら思い切ってうそをつき、自分と自分をとりまく人々を穏やかに過ごさせてあげたいのです。
 どうして賛成かというと、前にこんなことがあったからです。私は教師でしたが、大変忙しい時期に一人の同僚教師の真実吐露のためそれまでに築き上げたチームワークが崩壊しそうになったのです。今もそうですが教師の忙しさは昔も同じで特に受験の時期は大変でした。幼児をもっている母親教師は本当に気の毒でした。そんな時、一人の女性教師が休暇をとり、次の日出てきました。そして「昨日は子どもと遊びたくて休みました」と。皆はギョッとしました。同じ境遇の人もいたのです。その時「子どもの具合が悪かった」などと言ってもらえたらよかったのにと思いました。仲間意識の修復は時間がかかりました。
 罪のないちょっとしたうそで幸せな人間関係をきずく「うそも方便」に賛成です。
樋口さんから
同僚の教師が「昨日は子どもと遊びたくて休みました」という本音を思わずもらしてしまったという実例が面白いですね。そのときの状況が目に浮かぶようで、とてもリアリティーがあります。全体を通して、暗に自分はどう思うかをはっきりと言うことが大切だということをうまく伝えられています。
中井さんから
「嘘」でもいいから、こちらの気が休まるように言ってほしい、というのは甚だ自分勝手な言い分だと思います。真実を告げながらも相手を傷つけない言い方があるはずだと、実は、私自身は思いたいのです。
優秀賞 :いきいきポイント1000ポイントを進呈。
赤川とみえさん(愛知県・56歳) 賛成 ○
 
 ついてもよいうそもある。それどころか、ここ一番つかなくてはならないうそもある。
 一般道徳として、正直に、清く正しい心や行いが尊ばれるのは言うまでもない。しかし今ここで論じられているのは、そういうレベルの善悪としてのうその是非ではない。
 あらゆるものに明るい面と暗い面とがあるように、うそにも善意のうそと悪意の発露としてのうそがあるのだ。気乗りのしないお誘いを互いに傷つけ合うことなく断る常套句として、先約があって、という理由をあげるのが常である。うそではあるが、とがめだてする人もいないだろう。
 やさしいうそ、光に輝くようなうそは存在する。太宰治の「春日町」という小編だ。主人公が道に迷い春日町行きのバス乗り場をたずねる。たまたま通りかかった女性は、言葉が少し不自由だった。真剣な表情で、たどたどしく春日町への順を説明してくれる。途中で主人公は、それが同名の別の春日町だと気付く。しかし主人公は、教えられたとおり、誤った道順に従って春日町へのバスに乗るのだった。本当に助かった、ありがとうという言葉を残して。
 珠玉のうそ、という言葉が浮かぶ。時には冷徹な真実より、「折りにかなって語られたる」うそが輝きを放つこともあるのだ。
 ご都合主義の「うそも方便」は願い下げだが、自分自身に対して恥ずかしくないうそはきっと神様も賛成してくださる筈である。
樋口さんから
太宰治の作品例は面白いのですが、うそでもよいので自身の例をあげられればさらによかったですね。きっと思いやりのあるうそをつかれた経験があるのではないでしょうか。その体験を書くことでよりリアリティーのある作品に仕上がります。
赤川さんから
「折にかないて、語られし言葉は、銀の彫り物に金の林檎を嵌めたるがごとし」。今回のテーマ「うそも方便」について考えたとき、まずこの旧約聖書の言葉が浮かびました。身も蓋もない厳しい「真実」より、やさしさに裏打ちされた「嘘」にどれだけ救われたかと、しみじみおもうのです。
 
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