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いきいき 文章日記 第8回の大賞作品発表!
第8回テーマ 「 なくしてしまった大事なものを見つけたら……。
 
大賞 :いきいきポイント3000ポイントを進呈。
新納(にいろ)道枝さん (カナダ・61歳)
 
 大事なものを失くした……いや、私は人間として、一番大事なものを、もともと、持ってはいなかったのである。

 私が十九の早春、母は癌(がん)で逝(い)った。高校卒業後、故郷を離れた私は、その年の正月帰省していた。母に残された日について知らされ心配ではりさけそうな気持を抱えて、東京駅から新幹線に乗った。にもかかわらず、思いの他元気な母の様子を見て、急に親友に会いたくなった。「お母さん、明日悦子さんに会いに行ってもいい?」「そりゃ行ってきなさい。でも、帰りに回転焼二つ、買ってきてね」

 翌日、家を出る時は、回転焼は私の頭の中心にあった。確かに。それが、友人とダベっているうちに、完全にどこかへ行ってしまった。そして、とうとう終電車で帰宅した。玄関を入ると、離れの部屋で寝ている母が、玄関まで来ており、「道ちゃん、回転焼は?」「あっ忘れた」「まあ、あなたは」母は特に私をせめなかった。でも、お行儀の良い母があの様であったのは、余程食べたかったのだ。

 あれから四十年以上も経った。ある日、私の胸の中を、きりで突き刺す様な思いが走った。それは、自覚足りないまゝにその日まで生きてきた自分の、救い難い欠点に、打ちのめされるような思いと共に気がついた瞬間であった。「自分には本当の愛が無い」

  失くした大事なものを見つけたのではなく、私は本当に大事なものを、もとより持たなかった、その事を見つけた悲しい瞬間である。

新納道枝さん
樋口裕一さんから大賞作品について

  愛といういちばん大事なものを、なくしたのではなく、もっていなかったという視点がとても鋭いですね。文章日記はストーリーにどれだけリアリティーを感じさせられるかが勝負ですが、自分の中にあるエゴイズムの発見を非常にリアルに描くことができています。

新納さんから

 この作品は、父の一周忌法要で帰国する機内で書きました。未熟ながら、限定字数内で思いを余さず書ききる事、そして、文章のリズムに注意を払う事を意識しました。カナダで公立高校の日本語教師をしていますが、このたびの受賞で新たな内なる力をいただいたようです。

 
優秀賞 :いきいきポイント1000ポイントを進呈。
「大切なのは人の心」  吉川おあきさん(67歳)
 
 マキちゃんは小学一年生、運動も勉強も大好きな元気で可愛い女の子です。学校の先生は、いつもマキちゃんの事を誉めてくれました。お母さんは嬉しくて今は単身赴任で遠くに行っているお父さんと相談して、もっとマキちゃんの頭が良くなるようにと色々な習い事をさせました。マキちゃんは毎日塾通いをして大好きなお母さんに喜んでもらおうと頑張りました。けれど頭ばかり使っている内に、楽しく遊ぶ事を忘れてしまったマキちゃんのマシュマロみたいにフワフワで柔らかい心が萎んでどこかへ行ってしまいました。

  それからのマキちゃんは顔の表情もなくなり嬉しい時も悲しい時も同じ顔になってしまいました。お母さんは“ハッ”と何かに気付き「ごめんね、ごめんね」と言いながらマキちゃんをギュッと抱きしめ一生懸命神様にお祈りをしました。するとその時サッと風が吹き、とても好い香りを運んで来ました。マキちゃんは香りのする方へ走って行きました。そこには見た事もない美しい花が咲きみだれていて、それを見た途端マキちゃんの頬はピンク色に染まり、いつもの明るい笑顔になりました。

  そう其の時萎んでどこかへ行ってしまったマキちゃんの心がもどって来たのです。

  この事からマキちゃんの両親は人の心が如何に大切かが分り、それ以後家族や周りの人達と心を寄せて楽しく陽気に暮しました。

吉川おあきさん
樋口裕一さんから

  「です・ます」調で書かれており、絵本の世界のような印象で、味わいがあります。また、マキちゃんという名前が、リアリティーを自然に感じさせてくれます。ただ、「“ハッ”と何かに気付き」の部分がわかりにくいので、たとえば「目の輝きがなくなったマキちゃんに気付き」とすると、さらにわかりやすかったですね。

吉川さんから

 最近、親から勉強を強要され傷ついた心を抱え、行き場を失ってしまっている子供が、増えていると聞きます。やがてその子供達が成長し、大切な親に手をかけてしまうニュースがあとを絶たず胸が痛みます。本当に子供が可愛いのでしたら、このマキちゃんの両親のように子供のチョットした変化に早く気付いてあげてほしいです。そうすれば人が成長してゆく中で一番大切なものは何かが分ると思います。すると一層子育てが楽しくなります。

 
優秀賞 :いきいきポイント1000ポイントを進呈。
「夕日」 高田則子さん(53歳)
 
  「治療頑張りましょう」。医師のはげましが重い。病院からの帰り道、アスファルトから目を上げる。あれ! 周りの景色が白黒写真のよう。色の世界がなくなった。体の力が抜けていく。色彩がないのだ。道行く人もビルも黒く冷たい。

  あわてて帰った我が家も暗い。まるで廃墟だ。真っ赤な花のベゴニアも可憐な姿を黒い塊に変えていた。「ただいまあ」。転げる様に帰った子供の頬はピンクに染まっているかしら、モノクロームの中、明るく受けとめられない自分がもどかしい。手術の事何て説明しよう。ケーキのおやつも灰色ドロ団子だ。美味しく焼けているのだろうか。心は沈む。

  「お母さんきれい!」。弾ける声に窓を見ると、西の空が真っ赤だ。この太陽は何億年も空を染め、地には木・花・草、様々な色彩が満ち溢れているのだ。美しい地球のほんの一瞬に私は立ち会っている。そう思うと、薄紙を剥ぐように、灰色の世界は元のカラフルな日常へと戻った。

  ほんの数時間の出来事だった。なくした色達と同時に、私は病に向かう勇気もなくしていたのではないだろうか。子供の声に気づかされた色鮮やかな自然の営みに、めげていた気持ちの背中をポンと押された気がした。ほんとうにきれいな夕日ね。私はあふれる笑顔で返事をした。

高田則子さん
樋口裕一さんから

  色をなくしたという発想がおもしろいですね。病気で元気がなくなったことを色を使うことでうまく表現できています。夕焼けを見て色彩をとり戻すシーンは、色というものにさまざまなことを連想させてくれます。ただ、第2段落でピンクを出さないほうが読み手により想像をかき立てるものになって、さらによかったですね。

高田さんから

 視界から色彩が消えてしまったら寂しい! そんな気持ちから文をスタートさせました。また以前大病をした時に感じた、自然と自分とのかかわりを、文に織り込みました。

 
優秀賞 :いきいきポイント1000ポイントを進呈。
「そのままで良いのよ」  濱崎和子さん(61歳)
 
 「薬価改定の講習会に全員出席してね」と言ったら、新人男性薬剤師がこう言った。「残業つくんですか?」「ん? つくわけ無いでしょ。講習会だよ! 何言ってんのよ!」と、つい声を荒げてしまった。嫌な空気が流れた。余裕の無い対応をしちゃったなあ。

  本来私は強い性格では無い。しゃきっとした姉御肌が好きなのだが、本当の私は甘えん坊。戦火で子供を亡くした両親は、遅く生まれた私をそれは過保護に育てた。おかげで私は臆病で優しい、弱虫に育ってしまった。

  某病院薬剤部長に任命されてから、そんな自分を押し殺して、強く強くと、背伸びして頑張ってきた。おかげで頼りになると評価されている。自分でも格好良いと思っている。

  でも最近元気が出ない。心のゆとりが無くなっている感じ。なんだか疲れたなあ。

  久しぶりに仏壇を開け、線香をあげたくなった。手を合わせると、「和ちゃん」と赤ん坊の時から聞いている懐かしい声が聞こえた気がした。強くなくても良いのよ。私が生んで育てた愛娘。一生懸命生きている我が子。そのままで良いのよ。自慢の娘なのよ。

  我知らず頬を涙が流れた。暖かい物が胸に溢れた。本当の自分をなくしてしまっていたのね。だから肩が凝ったり、余裕の無い態度を取ってしまうのね。明日からは、背伸びを止めて地のままで仕事をするわ。優しい、部下の話をよく聞く上司に、なれると思うわ。

濱崎和子さん
樋口裕一さんから

  無理をしてがんばってきた人の多くは、もともとの自分のままでいいと思っていることでしょう。だから、作品全体を通して説得力があり、普遍性を感じます。ただ、前半が説明ばかりになってしまっていますから、もう少し動きのあるエピソードを語れば目に浮かぶようになり、さらにおもしろくなったでしょう。

濱崎さんから

 最近、亡くなった父母(ちちはは)が懐かしく思い出されます。無条件に自分を認め愛してくれた存在は、父母(と愛犬)を措いては無いのではないでしょうか。
  疲れた時、悲しい時、行き詰まった時に、「根性無しでもいいのよ。それでいいのよ」と言ってくれる人が、この年齢になっても欲しいのです(在りのままの自分を許してくれる存在が有ってこそ、前を向いて生きて行ける気がします)。

 
優秀賞 :いきいきポイント1000ポイントを進呈。
「静止画みたいな記憶」  西岡妙子さん(63歳)
 
  真珠のペンダントの鎖が切れ母に修理に持って行ってもらった。傷をつけてはいけないとティッシュに包んだのが間違いでゴミと勘違いをした母は焚き火にポーイと投げ込んだ。「動作が静止画みたいに目に焼付いている」とベソをかいて謝っていた。私が20代、40年前の話です。

  数年前、懸賞でリゾートホテルの宿泊券が当たった。夫と8時間の運転でやっと到着したのに肝心の宿泊券が見当たらない。ナビに電話番号を入れた時も、途中で地図を見た時もあったのに。あっ、あの時だ、新聞やパンフレットをドライブインのゴミ箱に捨てた時妙に分厚いなと感じつつ破って捨てた。「静止画みたいに鮮やかな記憶だから間違いない」と弁解。夫には責められるし自分も珍しく落ち込んだ。幸いホテルには無料で宿泊でき、この失敗のことはすっかり忘れていた。

  ところが2年経過した先週のこと、車検に出した車の助手席に例のクーポン券が置いてあった。シートと何かの隙間に挟まっていたとのこと。あんなに鮮明で指の感触まで覚えていたのに私が描いたニセの記憶だったというのか。信じられない。

  急に40年前の母の失敗事件がよみがえった。2人とも「静止画」を言い訳の文句に使っている。焚き火にポーイと実演までしてみせた母の説明も実は幻想だったのではなかろうか。

西岡妙子さん
樋口裕一さんから

  人間は幻想の記憶をもつ存在であるという真理を鋭くついています。「静止画」のようにペンダントを投げ込んだという表現によって、読み手も自然と静止画でイメージさせられてしまうところが実にうまいですね。

西岡さんから

 日記に気持ちを吐き出す習慣はもともとありましたが、樋口先生の書きかた教室のお陰で読み手を意識して書く楽しみを知りました。テーマが発表され、何も思い浮かびそうにない場合も心の中で幾日も思い巡らしていると「アッ、あれ書こう」とひらめきます。たっぷり時間のある今でこその楽しみです。


 

※文章日記とは、樋口裕一さんが「いきいき」といっしょになって開発した、文章が上達する最適な練習法です。起承転結の四部構成という型で書くことで文章が磨かれます。

※文章日記は第8回をもって終了いたします。これからは小論文と作文の作品を募集します。郵送またはWebから、何度でもご応募ください。

 
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