| 日本の仏教の歴史をより深く学ぶ。
前回お話ししたように(08年1月号に掲載)、最澄と空海が山に登ってから日本の仏教は本格的に始まり、山岳信仰を中心として発展をとげてきました。けれども13世紀以降、多くの僧が山をおりていきました。なぜなのでしょうか。その答えの鍵をにぎるのが西行、芭蕉、良寛の3人ではないかと思います。
■西行(1118〜1190)は、出家者であり、歌人です。西行は23歳のときに家庭を捨てて、家を出ます。そして最初に入ったお寺が勝持寺(しょううじじ)。西行は名家の出で、文武両道の人であったといわれています。とりわけ、和歌の才能は当時から抜きん出ていました。そんな西行が妻子を捨て、どうして出家をしたのでしょうか…
■松尾芭蕉(1644〜1694)は、江戸時代に活躍した俳諧師です。代表作は『奥の細道』です。芭蕉は江戸を出発して、東北みちのくの旅に出ます。日光、松島、そして平泉へ…
■良寛(1758〜1831)は、江戸時代の僧であり、歌人です。良寛は道元を尊敬していました。道元は曹洞宗の始祖で永平寺を開き、『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を著しました。良寛は一晩徹夜をして、道元の『正法眼蔵』を読んで涙を流したのに、涙によって本を濡らしたとは決して言いません。自然現象として水滴が落ちたと答えます…
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